サルの暮らしー秋編

9月上旬、北国の小さな漁村の里山に、夕焼け色のトンボ、ミヤマアカネが風を泳ぐように飛びます。どこからともなく忍び寄る秋の風情。そんな季節の巡りは、サルたちの生活からも伝わってきます。

「ゴッゴッゴッゴッ」。あたり一面に響き渡る叫び声と同時に一本のミズナラが大きく揺れました。ヤマグリを食べていたサルたちにピンとした緊張感が走ります。群れのオスザルは目をランランと輝かせ、雄叫びの方向を注視しています。木ゆすりの正体は、夏以降群れの周辺をうろついていたハナレザルの仕業でした。

オスザルは風来坊、生まれ育った群れから一度は離れます。ただ、人が学業を終え社会へ巣立つように、ある年齢になると一斉に群れから出て行くと言うのではありません。下北のサルでは、早いサルで3歳、遅くても9歳までには生まれ育った群れから離れるという記録があります。生まれた群れで一生を終えるオスザルは稀なことなのです。また、群れ離れは、北は下北半島から南は屋久島まで、日本列島に生息するニホンザルの全てのサルに共通している行動です。餌づけされたサル山公園などでも見られます。

離れの過程にも個性が見られます。ある日突然、何の前触れもなく姿を消す“蒸発”タイプ。(私の観察では確認できないだけで、サル同志では気づいているのかも知れません)。一度短期間だけ群れから離れ、舞い戻った後、しばらくして再度出て行く“予行演習”タイプ。他のオスについて行き行動を共にする“道連れ”タイプ。と群れ離れのメカニズムも様々です。また、離れた後の暮らしぶりにも、一人ぼっちで暮らすヒトリザルもいれば、離れた者同志で小さなオスグループをつくることもあります。時には一人、気分次第でオスグループに加わるといった自由気ままなオスもいます。

では、なぜオスザルは群れから出て行くのでしょうか? かつては、大自然の中たった一人で暮らすことが、生きる力を身につける、つまりそれは立派なオスになるための武者修業だと言われたことがありました。しかし、楽な生活を身上とするサルに、辛い修行など考えられません。離れの意味を修行や立身出世に求めるのは、あまりにも人間的な解釈であり、人間社会の投影にすぎないのではないでしょうか。また、離れの目的が、近親交配を避けるためだとも言われています。母や姉妹、それに娘との交配を事前に回避しないと、子孫を未来へつなげる上で妨げになる、というのです。確かに、オスザルの群れ離れは近親交配を避ける結果となっていますが、それはあくまでも結果であり、決して意識した目的があってのことではないでしょう。この場合も、人間社会の倫理観でサルを捉えているように思えるのです。では、なぜか。実は群れ離れの真相は、いまだに解っていないのが現状なのです。

文章・写真  松岡 史朗

イラスト  大西 治子