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イタヤカエデ
休眠の冬から蘇生の春へ。しなやかな生命の輝きが一段と増す北国の落葉広葉樹の森。ブナに始まる新緑は、ミズナラが芽吹くころ最盛期を迎える。この2種を下北地方の緑の主役とするならば、イタヤカエデはさしずめ名脇役といったところか。
浅く裂けた扁円形の葉が生い茂り、板でふいた屋根のように雨が漏ってこないことから、その名がついたイタヤカエデ。葉の大きさや裂け具合、毛の有無、そして翼果の形に変異が多く、多数の変種に分類される。下北では、4月下旬~5月にかけて、葉が開くと同時に、黄緑色の花が枝先一面に咲く。遠くから眺めると新緑の葉と見間違えるこの目立たないこの花を、サルはむさぼり食う。
見事な枝振りのイタヤカエデに数頭のサルが登り、それぞれのサルが距離を保ち、枝をたぐり寄せ黙々と食べる。しなる枝も時には折れ、春の温もりのある地面に散乱する。
嬉々としたサルの姿が明るい緑の森に消え去った後、さわやかな5月の風が花の残骸をゆるやかに揺する。食い散らかした無残な跡は、贅沢に、そして大胆に食べるサルの性格を物語る。
ただ、下北の山々にくまなく分布するイタヤカエデ。どれもこれも私には同じに見えるのだが、サルはこだわる。好みがあり限られたイタヤカエデに集中する傾向があるのだ。日照時間や土壌、それに樹齢などで、甘み・香り・水分などにわずかな違いが生まれるのだろう。サルは、このイタヤカエデの“味”を楽しんでいるようにみえるのだ。
文章・写真 松岡史朗