サクラの花がゴールデンウィークに咲くほど春の訪れが遅い下北半島ですが、春の兆しは3月中旬ごろから始まります。山々にはまだまだ深い雪が残っていますが、南向きの斜面は雪解けも進み地面が顔を出し土の香りに包まれます。アザミ、フクジュソウ、フキノトウ、それにマルバマンサクの可憐な花と、早春の主役たちが勢揃い。これから展開する季節の移ろいの序曲のようです。

サルの暮らしにも変化が見え始めます。酷寒の白い森で身を寄せあう“-静モのサルから、活発に活動するメ動モのサルへと大変身。特に子ザルの動きは、のびやかで、天真爛漫そのもの。もう、身を縮めることもありません、抱き合う時間もめっきり減ってきます。冬芽や樹皮を齧っていた食生活からも解放され、食べ物の種類も増え、量にも恵まれてきます。雪の解けた広葉樹の森で、かさかさと落ち葉をかき分けミズナラの実を拾い食いする姿や、ブナの大木で花芽をむさぼり食いする光景から、嬉々としたサルのこころが伝わり、春を楽しんでいるように思えてなりません。また、春はサルの群れにベビーが誕生する季節でもあります。新しい仲間の出現をサルたちはどう思っているのでしょうか?

下北半島南西部、脇野沢村の民家周辺に生息するA2-84群・A2-85群・A87群の17年間の記録で、2001年3月末までに3群合計178頭のベビーが誕生しています。出産月は、4・5・6月に集中していますが、中でも5月の出産が全体の57%と半数以上でした。誕生から1年間の死亡数は25頭、死亡率は14%です。ただ、以前は猿害対策用の漁網に絡まって命を落とすベビーが多くいたのですが、近年電気柵の導入で漁網の使用が減り事故死するケースも減りました。14%の死亡率ですが、自然死亡率となるともっと低い数字になります。ニホンザルは死亡した我が子をいつまでも持ち歩くとの報告がありますが、まさにその実例を2例観察しました。2例共、死産なのか、出産直後に死亡したのかは不明ですが、ミイラ化した死体を1か月弱持ち歩きました。

通常ニホンザルは一産一子ですが、A87群のサツキ(2000年3月没)は1987年にオス2頭のふたごを出産しました。野生のサルでは珍しく、その成長を楽しみにしていましたが、1歳2カ月まで成長し、残念ながら1頭が死亡しました。ふつうメスザルは二年に一度の割合で出産するといわれていますが、下北にはA2ム85群のハギのように、15年間に11頭のベビーを出産した記録があります。この間、4年連続が2回と、その多産ぶりが伺えますが、必ずしも出産が隔年とは限らないことを証明しています。また、出産した5頭すべてがオスのベビーだったカズラや、6頭中5頭がメスのベビーだったコナスと、ベビーの性が結果的に偏る傾向も見られました。

文章・写真  松岡 史朗

イラスト  大西 治子