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タマキビ
海岸線を遊動域として利用するサルの群れは、山ぶかい森で海を知らずに暮らすサルと比べ、どこか得をしているように思えます。というのは、特に冬から早春にかけて変化に富んだ風光明媚な海岸線は、季節の移ろいがいち早く訪れ、サルの食べ物となる草花が早々に展開します。また、海岸には貝や海藻などの海浜の生き物がいるばかりか、ダイコンの切れ端などの野菜くずも漂着し、サルの生活に潤いをもたらしているからです。
ただ、いつでも海岸に降りて行くというわけではありません。風の吹かない凪の日に限ります。高波をかぶりながらの磯歩きといった危険なことは、当然避けているのです。
肌をさす風もどこか厳しさが消え始めた3月、雪の斜面を駆け下り、春の予感が漂い始める海辺へと急ぐサルの群れ。(海だ、海だ) まるでこんな声が聞こえてきそう、転げるように走る姿から、ルンルンとしたサルの弾むこころが伝わってきます。磯の探索に始まり、日当たりの良い岩場でのグルーミングなど、日長海岸で過ごす行動を見ていると、サルにとって海岸は楽しみな場所といえるでしょう。
写真のタマキビ、小指の先ほどの小さな巻貝で波打ち際の岩に付着しています。サルは、ヒョイヒョイと簡単に摘み取り、殻ごと口に入れます。ただし、執着度は弱く、つまみ食い程度です。このタマキビより大型で地元の人々の間でツブと呼んでいる巻貝では、殻は食べません。岩から剥ぎ取り、貝が蓋を閉じる前に、手や口を使って中身を引き出して食べています。ただ、この方法は、サルにとっては結構難しいのか、何回挑戦しても中身を取り出せないサルもいます。
早春の風物詩の潮干狩リ、私たち人の暮らしでも季節を感じる行事の一つですが、サルにもサルなりの潮干狩りがあるようです。
文章・写真 松岡 史朗