新・下北通信 vol.3
サルの出産
中山 裕理
春は出産の季節、サルたちの誕生日はほとんどが4月か5月です。ヒトの場合、出産間近のおなかはパンパンですぐそれとわかりますが、サルの場合全く分かりません。前日まで枝から枝へ飛び移っていたサルが、翌朝に群れ追いついてみるとおなかの中に抱えたちょっと濡れた感じの黒っぽい毛の塊をじっと見つめるように俯いて地面に座っていたりします。
サルの出産は、夜か早朝の様です。薄暗い早朝から日没までずっと群れについて観察していても一度も出産にシーンに出会ったことがありません。出産で疲れているのでしょうか、子供たちが遊びまわったり、ほかのサルたちのグルーミングの集団からはちょっと離れたところで、母ザルと赤ん坊はじっとしていることが多い感じがします。赤ん坊の姉や兄たち子ザルも近づきません。生まれたばかりの赤ん坊は、ぼーっとしたちょっと焦点が定まらないような眼で母親の顔を見つめているか、眠っています。母親の移動の時は生まれたときからしっかりと母親のおなかの毛にしがみついているのですが、生まれたその日は大体母ザルは片手を赤ん坊に添えています。何回も出産したベテラン母さんは、2日目からはもう手は添えず、おなかに赤ん坊をくっつけてするすると木に登り枝渡りもしますが、初産の若いお母さんは2,3日以上大事そうに手を添えて移動する姿を見ます。
母ザルの抱えている赤ん坊のおなかにはまだへその緒がついていて、2,3日で干乾びて自然に落ちてゆくことが多いですが、時々その先に、赤ん坊の頭より大きいレバーのような胎盤がぶら下がっていることがあります。へその緒はねじれていて中に臍帯血が見えることもあります。ある時、初産のメスは、赤ん坊を抱えて歩くとこの胎盤がずるずるとくっついてくるので、赤ん坊を抱えて後ずさりをしてみたりしていました。胎盤が地面にひっかかるとへその緒を引っ張り赤ん坊が弱弱しく鳴きます。若い母ザルは両手赤ん坊を抱え二本足で立ち、腰をゆすり赤ん坊をあやすようなしぐさをしていましたが、その日のうちに胎盤は落ちてしまいました。ある時は、母ザルが赤ん坊をおなかに抱えて、片手に胎盤を捧げ持って木に上に座っていたこともありました。この胎盤も夕方までに落ちました。 草食獣でも、自分の胎盤は食べてしまうと聞きます。栄養補給のためとも、肉食獣に子供が狙われないように出産の痕跡をなくすためともいわれていますが、真意はわかりません。昔、北海道のユルリ島で半野生馬の羊膜だけが地面におちているのを見たことがあります。肉食獣のいない島だったので母馬が食べたのだなと勝手に思っていました。
サルの場合、落ちた胎盤はそのままの場合ばかりが観察されていました。ところが今年、珍しい光景を目撃しました。2度目の出産の若い母ザルは木の上で、胎盤をぶら下げた赤ん坊を抱えてイタヤカエデの花を食べていました。しばらくすると、へその緒を手繰りよせて、胎盤をなめ始めました。3,4分舐めたのち、なんと食べ始めました、ほぼ10分で完食。その後赤ん坊を抱えて居眠りを始めました。
ニホンザルは、雑食性で下北では昆虫やナメクジ、鳥の卵、貝などは食べます。ごくまれにカエルも食べることがありますが、魚や動物の死体などを食べているのを見たことはありません。1例ですが、「野生動物は自分の胎盤を食べる」という事実が確認できました。へその緒だけをつけた出産メスは、よく見られます、ときどき、胸のあたりが血で汚れていることがありましたが、あれは、もしかしたら胎盤は食べたの?と疑念が沸くできごとでした。